旋律を織る国ザフォーグ
ええ、彼の国はとても魅力的で、アトラシオンの南方を統べるスピノリアとしても、良い関係を築いていきたいものですわね。
穏やかな気候はザフォーグの発展と安寧の助けとなっておりますわ。それに、彼らはわたくし達アトラシオンを含む近隣国に対して非常に有効的。一部の国には特別な事情がありますけれど、他国家もザフォーグに対してはアトラシオンと近しい考えを持っているでしょう。
それに、ご存知? ザフォーグは楽の音を愛しておりますの。名だたる大ホールから街角に至るまで、あなたが求めたなら、奏者と慕われる方々は空間の全てを美しい音で満たしてくださいますのよ。公演チケットならわたくしが手配致しますわ。それとも日常に寄り添う優しい音がお好みで?
どちらにせよ、ザフォーグの音楽家の皆様は聴き手を蔑ろにすることはないはず。
準備ができたら、わたくしと一緒に参りましょう。
パトラ・スピノリア
流転と不変の国ワイマルト
神秘という言葉にアトラシオンを当てがう人は多いですよね。それと近しく、ワイマルトという国も不可思議に満ちていると俺は思いますよ。
国によって、神の力の扱いは異なります。例えばアトラシオンでは神に選ばれた人間を表立って明かすことはそう多くないです。一部、特殊な国はありますが……。
ワイマルトでは神の力を一つの家系がずっと受け継いでいるんだそうです。初めて聞いたときは耳を疑いましたよ、そんなことがあるんだなって。ワイマルトの持つ「不変」はこれなんでしょうか? そうなると「流転」は……?
ああ、流石に分かりますよね。そうです、他国から見たワイマルトって、大体こんな感じなんです。実態が掴めそうで掴めないというか……。不思議な国なんですよ、実際。
マティス・アルノード・マキアティカ
先進国家チャンソン
確かに、チャンソンと無関係、という訳ではないのだが……話上手ならいくらでも心当たりがある。それこそ、シァヘイの方がチャンソンに縁があるというもの。……だがシァヘイはチャンソンに対して語る言葉を持たないだろう。拙い話で良ければ、聞いていくといい。
彼の国の強さは新しい観念を積極的に取り入れていく点にある。しかし自国の歴史を蔑ろにすることもない。過去と現在、全てがつつがなく蓄積されているのだ。
……だが、あの高く聳え立つ山々を覆う建築物の輪郭が見えるか? ここ数十年で最も顕著な変化だ。ルクレインからの受け売りだが、あれは自然の中を揺蕩う魔力を、国を挙げて人工的に集約するための装置だという。……それは繁栄の象徴か、はたまた無秩序の露呈か。
私に是非を問う資格はない。それを決めるのはチャンソン自身だ。
フルベアロイ・エシェグイスト
願いと応報の国ラクシス
神と魔法という名の神秘性で織り成した薄布の恩恵に覆われ、守られながら人々は生を享受してきた。けれどラクシスは一方的かつ自動的——さながら機械のように供給される幸福を拒絶して、だからこそ今この姿がある。
かつてラクシスを蝕んだ感覚が、ただ与えられたものを疑わず受け容れ続けることへの恐怖だとするなら、あの国は一番始めにウェイストプロージの未来に辿り着いていたのかもしれない。それを確かめる術は、もう失われてしまったけれど。
僕にだって思うところはある。けれど世界全てを推し量るには、人間の見識はあまりにも狭い。純粋な人間の枠組みを超えていたとしたら? 残念な話だけど、僕は一歩及ばない。神々の言葉を理解できる存在を、君は知っているはず。
それなら僕は何を望む、か?
ようやく眠りを手にしたこの国の新生に、ささやかな希望を持つことくらい、だと思う。
リュカ
魔法仕掛けの国アトラシオン
……アトラシオンのことを私に訊くの? あまり良い選択だとは思えないけれど。
むしろ適任? アトラシオンに色を付けないから……そうね、それなら私が最適と言えるわ。
あなたがこれまでの見聞で得たアトラシオンは、どんな姿形をしていたかしら。
「最も豊かな領地」
「魔力に満ちた国土」
「魔法仕掛けの国」
よく目の当たりにする、ウェイストプロージでは半ば常識と化した話ね。
つまらない? 平和の証左よ。
——もっと面白い話が聞きたい? いいでしょう。
アトラシオンの神はとても慈悲深いそうよ。一体どこからそんな話が出てきて、何と比べた結論なのでしょうね。
私から言うことがあるとすれば、あれは慈悲だけではなく申し訳なさが混ざった態度をしている、ということくらいかしら。
言い過ぎ? そうでもないわ。いえ、むしろ私にしか言えないことよ。……アトラシオンの神と随分親しいのか、ですって?
——まさか。逆だと思うのだけれど。
エルファリア・セリティス・ラトラジオーネ
永久鉱床の国フィルナイル
あー、あの国か。俺は結構好き。アトラシオンとクリテラクスに隣接してるけどなんか上手いこと受け流してるし。まあここ二つに直接挟まれたノヴィリムの方が大変そうだけど。いやどう考えてもノヴィリムの方が大変そうだわ。フィルナイル寒いからわざわざこっち側から諍いの種撒くメリットないし。俺達がそう思ってて、そんでもって今の均衡が保たれてるってことは、クリテラクス側も似たようなこと考えてるんだろ。
え、悪口? ちげーよ俺フィルナイル結構好きって言っただろーが。どこが好きって……距離感? どこにも服従しないし、かといって拒否もしないんだよな、あの国。そういう振る舞いができるのは自律の証明みたいなもんだ、人も国もな。
ノヴィリムと同じ? いや、俺はなんか違うと思ってるけど。フィルナイルは多分、ごく自然にこういうスタンスを取ってる。圧倒的なアドバンテージがあるからな。魔鉱の輸出——おっ、ピンと来た顔だな。魔法と隣り合わせで生きてる俺達はフィルナイルのないウェイストプロージなんて想像できない。
ノヴィリムは……そうでもないだろ。適当な憶測だけどな、あの国はそう在る必要に迫られてる気がするんだよな。
ラドン・デュボネ・ミュラー
沈黙と停滞の国ノヴィリム
俺にノヴィリムの説明をしろと? 面倒だ、他を当たれ。俺のことを教育機関の職員とでも思い込んでいるなら、すぐにでもその認識を改めろ。そもそもお喋りな人間ならどこにでもいるだろうが。分かったならさっさと帰ることだな。
……は? 嫌だ? 俺も嫌だが。説明を聞くまで帰らない、だと?
…………いいか、一回しか言わないからな。
ノヴィリム外縁部は四方全てが他国に結び付く。北で傍観の姿勢を崩さないフィルナイル、南を侵食するラクシス。ここまではまだマシだ。どこがマシだと? うるさいな話を最後まで聞け。
ようやく譲歩を見せたとはいえ、かつていがみ合っていたアトラシオンとクリテラクスに東西を挟まれながらノヴィリムは存続を求められた。これがどういう意味か分からずウェイストプロージで暮らす人間など居るはずもない。にも関わらず基本的に沈黙を貫くこの国こそ、面倒な忍耐を持ち合わせている。
そして何を語ることもないノヴィリムに対する偏った見識、それを好き勝手に吹聴することは、ウェイストプロージにおける知性の欠如を最も直接的な形で語り手に突き付ける。
……だから嫌だと言っただろう。こういった手合いの話はどこぞの知識欲に塗れた物好きにでもさせておけ。
スティナード・ミフューズ・ラトラジオーネ
科学大国クリテラクス
ウェイストプロージ随一の科学大国のことが知りたい? それで僕に声を掛けて来たんだね。うんうん、実に素晴らしい判断だ。僕はアトラシオン国民の中でも特にあの国のことを熟知している自負がある。
変わってるって? そうでもないさ。これからのスタンダードはかつて確執のあった、神秘を崇めていたアトラシオンとそれを解明しようとしたクリテラクスの「共生」だ。
君も気付いているんだろう? アトラシオンの神秘は暴かれ、クリテラクスの理論は破綻した。それぞれが持ち合わせていた絶対的信仰の喪失という対価を支払ったことにより、互いの空虚を補って、僕達は次のステージに進む権利を手にしたんだ。
ただなあ、あの倫理観の違いに僕は手を焼いているんだ。アトラシオンの卓越した術師はクリテラクスにとって都合の良いモルモットにでも見えてるみたいでさ。それを知っているからこそ、僕が前に出ているんだけどね。あっちが態度を変えるまでは、絶対に紹介したくない人達が多過ぎてさ、本当に困ったものだよ。
クローヴィオ・シャルムクライン
神律領国メレド
ふむ、メレドか。
ウェイストプロージ北西部を領土とし、北東にクリテラクス、南にヤルトーノイとの国境線が存在する。公用語は他国と変わらずアトラシオン語。
わざとやっている、と? 無論、その通りだ。今、私はごくありふれた話しかしていない。そうではなく、私自身の考えが聞きたい? 君の好奇心に後悔がないと良いのだがね。
……危うい国だ。
当然の話だろう? メレドはウェイストプロージにて唯一、神の支配を受け容れているのだから。
遥か昔、神々はそれぞれが認めた人間に己の力を託し、自らの国が繁栄する様を見届けんとした。だがメレドだけは違う。我々にとって悠久に近しい時間、その全てをメレドの神は一度として手放したことがない。
——それが何を意味するのか、君が答えを見付けるときはそう遠くないだろう。
ルクレイン・ヘクトファーグ
古代帝国ヤルトーノイ
現在、ウェイストプロージに息付いた全ての国の公用語はアトラシオン語だ。なぜ、広大な地上に、海に、空に冠された定義が公用語には適用されていないのか。おおよその見当が付いた頃だろうか。
アトラシオンが最も強大な国であるから? 冗談にしては棘があるな。本気で言っている訳ではないだろう。
——原初の言葉が失われたからだ。
龍の鐘楼の壁面、旧約聖書を綴る点と線。それがウェイストプロージ語とかつて呼ばれていたものだった。起源はヤルトーノイ。全ての文明と豊穣が、かつてあの国に存在していたんだ。
けれど、今のヤルトーノイに光はない。月のない夜、なんて嘘のような光景そのものが、目の前に広がっているのが分かるか。暗雲が空を覆い、大地は乾き、海には汚染魔力が流れ続ける。
それほどまでに絶望的な状況と向き合うんだ。恐れるなとは言わない。誰だって知りたくなかったことは怖い。
大丈夫だとも言わない、支度が終わったなら行こう。ただこれだけは忘れないでいて欲しい。
……いつだって一人ではないんだ。
ヴェルツェハイト・シャルムクライン